琉球王朝時代、中国から伝来した「沖縄そば」は、「支那(シナ)そば」と呼ばれ、当時は琉球王朝時代の
宮廷料理の一つであり、現在の「沖縄そば」と呼ばれ、食する事が出来るようになったのは、戦後になって
からの事で、それでも、戦後まもない頃は裕福な家庭だけ食する事ができ、一般にはほど遠い存在でした。
現在のように小麦粉が簡単に手に入るようになった今、沖縄そば屋を始める人や自分の家で作る人など
宮廷料理または、裕福な家庭のみの料理であった「沖縄そば」は、一般に食されるようになりました。
しかし、「沖縄そば」の名称について、沖縄の本土復帰後、議論が沸き起こります。そば粉を使用している
一般的な「そば」と違い、沖縄のそばは小麦粉100%使用ということで、そば粉30%以上の使用が一般的な
「そば」とされている本土では「沖縄そば」は「そば」という名称を使うべきではないとされ、名称の使用を禁止
されます。 昔から慣れ親しんできた「沖縄そば」の名称を禁止されたという事で、名称の存続運動が起こり昭和53年10月17日に特殊名称として「本場沖縄そば」で承認され、現在も「沖縄そば」という名称で親しまれています。
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